2024年2月28日更新
北朝鮮は反日国家で日本に敵対心を持っていて、いつ攻めてくるか分からない。
と思っている方が大多数だと思います。
今回は、その常識を覆す情報です。
この情報は中丸薫の動画、佐藤守の本「金正日は日本人だった」、笹原さんのブログを参考にしております。
それでは私が今までに得た情報を元に北朝鮮の真実を展開してみます。
最初は、北朝鮮の建国とその目的を詳しく検証させていただきます。
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味方と敵を区別する
現在、世界中でディープステート掃討作戦が進んでいると言われてます。ではこの中で、どの国が光側で、どの国が闇側となっているのでしょうか?
まずは闇側です。
イギリスを中心とした西ヨーロッパ諸国は闇側で、他のヨーロッパ諸国も同様です。
韓国は闇側で、東南アジア諸国もトップはほとんど闇に支配されています。
そして日本自体はトップが闇側で、掃討作戦の対象とされています。
次に光側です。
アメリカはトランプ大統領を総大将とする光側の代表です。ただし政府機関、経済界、マスコミはほぼ全てが闇側と言われ軍部の一部も闇側と言われています。
次にロシアで、プーチン大統領はトランプ大統領の同志で、率先してロシア国内の闇側掃討作戦は終了して完全に光側の国になっています。
そして嬉しいことに表上の情報とは違いプーチン大統領は、日本に対してリスペクトしています。理由は分かりませんが、ウクライナ特別軍事作戦以後に西側制裁に日本も加わったにも関わらず石油・ガス・小麦の輸入量が増えている現実があります。もちろんドル決済ではありません。
中国は光側と言っていい状態です。光側である習近平が闇側である江沢民派をほぼ制圧したと言われてます。
最後に北朝鮮は紆余曲折がありましたが、建国から光側です。
そして北朝鮮は今も昔も、日本の心強い味方なのです。
ところが現実では、日本政府とマスコミが中心となって北朝鮮は核開発を行いミサイルは撃っわで、常に日本を脅している。その上に拉致問題だってまだ解決してないとの論調です。
拉致事件には色々と隠された事情があるのです。
そもそも北朝鮮は、日本を守るために日本軍の残党が建国した第2の日本ともいうべき国なのです。
皆さんの常識とはかけ離れてしまいましたね。世界情勢は複雑に絡み合っているのです。
北朝鮮建国の真実は
北朝鮮が建国したのは1948年9月9日で、建国までの時系列は以下のとおりとなります。
①1945年8月15日 日本終戦
②1945年9月2日 日本軍は戦闘を停止し第2次世界大戦終結
③1945年9月9日 日本の朝鮮総督府がソ連軍に降伏し朝鮮残留陸軍が武装解除
④1948年8月15日 アメリカ占領下の南朝鮮において大韓民国が成立
⑤1948年9月9日 ソ連占領下の北朝鮮において北朝鮮が成立
1910年から2次大戦の終戦まで、朝鮮半島は日本の植民地でした。
日本は朝鮮を、欧米諸国のように植民地として扱うことはせずに日本国内と同等の扱いをして、資本を投資し、産業を育成し、教育を整備しました。残念ながら当時の朝鮮人には一つ国を建国して運営するだけの行政能力はなかった言われてます。
これは500年以上も続いた李王朝の愚民化政策の影響で、朝鮮人能力の問題ではありません。
終戦の時点で、38度線を境に北部をソ連軍、南部をアメリカ軍が占領していましたので、戦後もそのまま2国による分断統治が行われました。
南部のほうは、すぐにアメリカの完全統治が実現したようですが、北部においては残留日本軍によるソ連への抵抗活動が根強く続けられていました。
その中心が、残置諜者と呼ばれる工作員たちです。
当時の日本軍は英米に比べると極めて弱い諜報活動能力しか持っていませんでしたが、それでも諜報員の養成機関として陸軍中野学校があり軍人用と民間人用に分かれ運営されていました。特に民間人の養成では自由な教育がなされていて、たとえば、この時代では禁止されていた天皇制存在意義についても自由に討議することが許されていたと言われています。
任務についた生徒は一般の士官学校とは異なり武器を持たず、平服で長髪の格好をし戦闘ではなく主にスパイ活動が中心となります。その際に、捕まり洗脳されて二重スパイにならないようにするために必要な教育だったからと言われています。
洗脳教育ではなく洗脳されない教育を行っていたのです。
この陸軍中野学校出身の諜報員たちは、終戦前から朝鮮人に成りすまして朝鮮に潜入し、朝鮮半島内で工作活動を行っていました。
これは朝鮮だけではなくアジア各国で行われていました。表に出た例として戦後フィリピンのルバング島に約30年間潜伏し諜報活動を行っていた小野田少尉が挙げられます。彼も陸軍中野学校出身者です。
これらの諜報員たちが、終戦後も日本人であることを隠しソ連の目を欺きながら北朝鮮内で工作活動を行いアメリカに占領されている日本本国に代わって、アメリカを牽制する役割を担ったのです。
これが残置諜者の役割で、ここからは詳しく説明させていただきます。
残置諜者とは?
通常のスパイは、CIA の諜報員と同様に本国の指令を基に相手国に潜入し情報を入手して本国に送ります。時には本国の指示で、相手国で工作活動を行うこともあります。
ところが残置諜者はそうではなく。本国が滅亡し敵国に占領されるのを前提として送り込まれたスパイなのです。
大東亜戦争末期、日本軍は公式には天皇陛下とともに最後の一兵まで戦うと公言し、国内向けには大本営発表で勝利の報道を繰り返していましたが、実際にアメリカと戦っているのは彼らですから、日本軍が滅亡のふちにあり敗戦を予見していました。
この時期から、陸軍は大東亜戦争の敗戦を予見した計画を推進していたのです。
その計画はアジア各国に多数のスパイを送り込み、その国の国民として生活させて日本が滅亡し占領されたとしても、彼らは活動をつづけ日本を陰ながら支援し続ける。
こうすれば、日本降伏後もアジア各地で反米活動が続けられ、もしもアジア各国で反米ののろしが上がり、再び連合してアメリカと戦うことができれば最終的にアメリカを倒すことができるのではないか、ということです。
この目的のために、スパイ養成所である陸軍中野学校があり潜入国の言語や生活様式を完璧に身に着けたスパイ達が、大東亜戦争終結後の世界で活動するためにアジア各国に送り込まれていきました。
これらの人々が主軸となって、その後アジア各国で活動を繰り広げていくのです。
その結果として表上に現れたたのが、大東亜戦争終結後からアジア各国で始まった旧宗主国に対する独立戦争で、反乱を主導し現地の軍隊を訓練したのは、現地に残る残置諜者と旧日本軍の残党です。
だからアジア各国は、戦っても勝てなかった欧米諸国にあっさり勝利を収め、独立を勝ち取ることができたのです。この勝利には、大東亜戦争終結後も戦い続けた残置諜者が大きく貢献していたのです。
残置諜者には本国はなく、本国からの指令もなく、本国に情報を送ることもありませんが、本国から完全に独立し、自らの判断に基づいてアジア各国で、その国の国民として生活し、ことあらば日本を助け、アメリカを倒すことを信念として日々活動を続けていたのです。
北朝鮮で活躍した残置諜者
北朝鮮の残置諜者たちを取りまとめ活動を指揮していたのが「畑中 理」という人物で、朝鮮名は「金策」を名乗り、朝鮮人の対日独立運動の闘士として、ソ連の目を欺いて活動していました。
畑中たちが待ちに待った絶好の機会は、翌1946年にやってきます。
アメリカが李承晩を擁立し、南朝鮮を独立させようとしているという情報が入ってきたのです。
畑中は平壌の人民委員会議長として素早く動き、ソ連民生局に交渉して北朝鮮を国家として独立させる運動を行います。
しかし南朝鮮の李承晩に匹敵する国家の旗印となる人物がいなく、ソ連は独立国家建国を渋ります。この時に、畑中は日本軍諜報機関で培った技術で残置諜者部隊の総力を挙げて金日成という適切な人物を見つけ出します。
彼は第2次大戦中に日本軍を相手のパルチザン活動で名を挙げ朝鮮国内での知名度がありましたが、後ろ盾となる組織がなく朝鮮労働党の北部分局の責任書記という地方の閑職でくすぶっていたのです。
畑中は、金日成に日本軍の諜報機関が後ろ盾になることを告げ、金日成を新たな国家の指導者としてソ連に推薦します。
ソ連はこれを承認し、1948年、南朝鮮における大韓民国の成立とともに、北朝鮮でもソ連軍が撤退し、朝鮮民主主義人民共和国が成立し、金日成はその初代首相に就任します。
畑中こと、金策は金日成につぐナンバーツーの副首相に就任し、北朝鮮労働党中央委員会常務委員を兼任し北朝鮮の実権を握ります。
金日成の神格化
こうして北朝鮮は、畑中を中心とした旧日本軍の残置諜者でかためられた傀儡政権となりました。
しかし後ろ盾となる組織がない金日成は、自分が死んだ後に失脚してしまう恐れがあります。そのための政策が金日成を建国の父として神格化し人民の崇拝の対象にしてしまえば、自分の死後も反乱は起こらず、国家元首を金日成の子孫に世襲していくことができるだろうという目論見で、金日成の神格化を推し進めていきます。
この神格化政策は大成功し、北朝鮮の国民は金日成を建国の父として崇拝し金政権は安定していきました。
金日成は、北朝鮮の絶対君主として君臨すると同時に旧日本軍残党の意志に従い、日本のためにアメリカをけん制する使命を遂行することになったのです。
まとめ:北朝鮮という偽装国家を建国した人達の思いとは
北朝鮮は、陸軍中野学校出身の「畑中理」朝鮮名「金策」が造り上げた偽装国家であること、そして日本のためにアメリカをけん制する目的を持って生まれた国家です。
この時代の軍人・上層部人達の中には、闇側存在や計画を知っていた存在がいて、戦後にアメリカ支配を受けることを前提に動いていたのではないでしょうか。
そのための陸軍中野学校であり、民間人を中心にした諜報員の養成を図っていたのではないのかと思われるのです。
何故なら、自分の人生をかけてまで使命を遂行しょうとする精神性がどこからきているのかです。
当時は天皇崇拝なのだからと言われますが、陸軍中野学校では天皇絶対論で教育は行われていなく天皇崇拝以外の高い目的があったことは確かです。
多分、彼らの高貴な精神性は陸軍中野学校で教わった世界を支配し、植民地政策で現地人を苦しめ、この戦争を起こした闇側存在についても教えていて、その闇側と戦い世界を開放する一端にでもなれるのであれば本望と思い残置諜者として活動していなのではないでしょうか。
どうしても、偽装国家まで作り上げて本来の目的のために遂行するという生き方や危機に陥っても諜報活動により切り抜けていく度胸は並みの人間にはできない行為として思えるからです。
そこには自分だけとか、日本だけとか、今だけとの個人的視野ではなく世界的な視野があり生死を越えた崇高な精神性を感じるからです。
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